トップ > インタビュートップ > 卒業生インタビュー#02〈田中史子〉

スタッフインタビュー01 中村伸治

—簡単なプロフィールを教えてください。

高校時代、医者を目指していましたが、3年間の浪人時代に体を壊し、その夢を諦めました。それでも、医療関係の仕事につきたいと、看護師の短期大学に進み、その後看護師として病院に4年間勤めました。その後、看護師としての土台を再構築したいと思い、大学へ編入学。現在は大学院でがん専門看護師を目指し、学んでいます。OBSには大学4年生の夏にセルフディスカバリー21日間に参加しました。


— 看護師を一度やめて、大学に進んだきっかけは?

看護師をしている時期に祖母ががんで亡くなりました。自分自身が患者の家族という立場になり、看護師としての仕事は患者さんのケアだけではなく、家族を含めてのケアが必要であると感じ、もっと色々なことを学びたい、色々な経験を積みたいと思いました。短期大学時代は看護師になるための講義が中心だったので、大学では一般教養など色々なことが学べてとても充実しています。


— なぜ、医者、医療関係の仕事を目指していたんですか?

昔テレビで見た、アフリカの奥地の村を巡回し、医療活動を行う女医さんに憧れていました。異文化の中で生き生きと働く様子に、人間としての逞しさや強さを感じ、まさに「生きている感じ」がして、自分もああいう人生を送りたいと思いました。今も異文化の中で仕事をするのが夢です。


—看護師ってどんな仕事ですか?

医者の仕事は病気を完治させること。それに対して看護師は医療的な行為はできないけれど、患者さんの生活や精神面をサポートすること。患者さん自身が、自分の持っている力で自分らしく生きていこうと、「明日も生きよう」と前向きに思えるように寄り添い、癒しをもたらすことだと思います。そのためには、看護師として医療の知識や技術だけでなく、人として色々な経験を積むことも必要だと感じています。


—仕事の中で感じていることは?

私は主にがんの患者さんを担当していたので、色々と悩むこともありましたが、死に直面した患者さんたちからは、色々なことを教わります。そういった患者さんは、それを乗り越えようとする中で患者さん自身もすごく成長されているように思います。新たな価値観の中で、今までの人生を振り返り、周りの方に感謝を述べ、人生のあらゆることに感謝してから旅立たれる方もたくさんいます。また、患者さんの多くは人生の大先輩。若い私たちに自分の人生の経験をたくさん話してくれます。私は、看護師としても本当に多くの患者さん達に育てられているなと感じています。


—大学に行って感じたことは?

仕事をしている時は目の前の患者さんに必死で、自分の看護を振り返ることができなかった。今は自分がどんなことを思って仕事をしていたのか、社会に対してどんな風に貢献していけるのか、色んなことを考えます。仕事をしていた時に悔しい思いもしたし、喜びもありました。患者さんが最後に私にだけ心を開いてくれたとき、あなたに話を聞いてもらえて救われたと言われたとき、看護師という立場を超えて、人として自分自身が生きている意味を感じることができ、看護師という仕事の魅力を改めて感じました。


—OBSはどのようなきっかけで参加しましたか?

大学の授業「経験を考える」という講義の中で、海外のOBSを紹介するビデオを見ました。学校で募集していた留学に行こうとお金を貯めていましたが、留学の希望者が多く、他に自分を高められる経験がなにかないかと探していた時だったので、授業でそのビデオを見た瞬間に「これしかない」と思いました。すぐに説明会に行き、スタッフの方にお話を聞いて、ますますやる気になりました。あのタイミングで偶然にもOBSに出会ったことがすごいと思います。 もっと別のタイミングだと参加していなかったかもしれません。


—実際に参加して、チャレンジする中で感じていたこと、印象に残っていることは?

最初はグループでの協力がなかなか上手くいかず、ロッククライミングや沢登りも登れませんでした。気持ちが一つになっていないことはわかっているのに、自分から一歩踏み出せず、思ったことを言えませんでした。「どうやったらできるか」と、技術や方法のことばかり話していました。 その後、登山遠征のチャレンジが始まり、私自身はどうにかしなきゃという思いで、体力のないメンバーの荷物を持ったり、必死にがんばろうと思っていました。でも、いまいち目標に対して本気になりきれていない、温度差のある仲間がいて、その子に対してすごくもどかしい気持ちがありましたが、それなりには頑張っているし、チームとして、本気になるっていうことが、その時はまだ自分自身もわからず、そのままの気持ちを持ったまま、その登山遠征は終わってしまいました。
その次のチャレンジ、マウンテンバイクの遠征で、私は膝を痛めてしまい、途中でマウンテンバイクに乗ることができなくなってしまいました。私のチャレンジ はここで終わってしまうのかと、やりきれない気持ちと悔しさとで涙が止まらず、病院への車の中で号泣。それでも、インストラクターと話をして、今の自分にできるチャレンジを見つけようと思いました。その後、診察を終えてグループに合流し、悔しい思いはありつつも、膝の怪我が回復するまではグループのサポートをすることになりました。
そんな中、グループの一人が「疲れた」「休みたい」「足が痛い」と弱音を吐いているのを聞き、そのメンバーが自分自身の気持ちに負けていることに気づき、何か込み上げる気持ちがわいてきて、「それならやめればいい。その足と私の足を替えてよ」と彼に気持ちをぶつけました。それによって彼は何かに気がついてくれました。彼の様子はそこからがらりと変わり、どんなにつらい坂もどんどんと向かっていくようになりました。その時初めて、仲間に気持ちをぶつけることでいい流れになっていくということに気がつきました。
そしてむかえた最後の登山遠征。何度も何度も話し合いをしながら、気持ちを一つにしたと思いながら進んで行きました。それでもどうしても気持ちが違う方向を向いているメンバーがいて、登山中に話し合いに。自分の想いを全てぶつけ、本音で話し合いました。「逃げるな」と言いました。
そこからのチームはすごかった。
あれが本気の瞬間。痛さも重さも感じない。絶対にあそこに行きたいというみんなの気持ちが一つになった瞬間でした。すごく嬉しかった。気持ちがよかった。なんとも言えない感覚でした。
それは、本当に21日間の中の最後のチャレンジでした。


—この21日間で学んだことは?

言葉にすると軽くなってしまうような気がしています。
でも、あえて言葉で表すとしたら・・・自分の思いを言葉で相手に伝えること、自分の気持ちをぶつけることの大切さ。
今までは、 自分が頑張れば相手に伝わり、相手の行動が変わると思っていたり、「言わなくても感じてくれるでしょ」と思っているところがありました。でも人それぞれ同じ経験をしていても感じることはバラバラで、言葉にしないと伝わらないし、相手を信じないと相手も心を開いてくれない。 誰かと一緒に何かを成し遂げるためには、時にはぶつかり、本当の気持ちをしっかり伝えなければいけないのだと思いました。


—OBSを終えて、普段の生活での変化はありますか?

OBSで感じたような達成感や仲間と一つになれた感覚は、現実の社会で感じようとするのはなかなか簡単ではない。でも、あの感覚を知ったからこそ、それを求めてしまいます。なかなか上手くいかないけれど、これからも、チャレンジしていきたいと思います。大学院での生活は自分との戦いが多いです。時々、「あの時の自分に負けていない?」と自分に問いかけたり、滝を登っている写真を見て、今の自分にとって本流はどこかと自問自答しています。


—21日間という時間は長かったですか?

いいえ。21日間の1日たりとも必要でした。足りないくらい。 OBSではやり残したこと、後悔がたくさんあります。だから、その課題を日常の生活の中でクリアしていきたい。チャレンジはずっと続くと思っています。 私のモチベーションを保つもの。自分自身の土台ができたように思います。


—どんな人にお勧めしたいですか?

今回のメンバーの中には高校生もいましたし、私のように社会人を経験した人もいましたが、どちらにとっても意味のあるものだと思います。高校生のように若い方は、コースの中で色々感じたことを、その後社会に出て経験していく中で感じる思いと合わせて自分の中で消化されていくだろうと思います。また、色々な経験をしてからOBSのコースに参加をすると、今まであたり前と思っていた感覚や価値観を、よい意味で崩されることもあると思う。きっといい向きに方向転換できるきっかけになると思います。
どちらにしても、やっぱり経験しないとわからない!たった一度の人生です。一歩を踏み出す勇気が、今の自分を変える大きな一歩になると思います。OBSに興味をもった時点でもうチャレンジはスタートしているんです。迷うことは何もないと思います。人生の中のそれぞれのタイミングの中で、ぜひ一度経験してほしいです。


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