
―簡単なプロフィールを教えてください。
愛知県出身、28歳(2010年現在)です。 教育系の大学に通い、教師を目指していましたが、学校現場に違和感を覚えていた3年生の時、OBSのセルフディスカバリーに参加しました。そして翌年JALTに参加。卒業後1年間OBSでインストラクターとして働きました。そして、その後青年海外協力隊の試験に合格し、2年間タンザニアで体育教師として活動しました。帰国後、OBSに戻り、今に至ります。
―教師になりたいと思ったきっかけは?
中学生の時、自分自身がすごく成長したと感じました。自分が成長できたのは先生やクラブの監督、周りの大人の影響が大きく、自分自身も人の成長に関わる仕事に就きたいと思いました。
当時、背も小さく体力もない私は、わりと引っ込み思案な性格で、周りにいる友達のように、自分のやりたいようにやったり、思ったことを言ったり、自分を表現することができませんでした。所属していたサッカーのクラブでも、上手くなりたいとか、試合で活躍をしたいという気持ちもあったけれど、試合に出て「失敗したらどうしよう」と考えてしまい、ボールをもらうのが恐かった。でも、サッカーが少しずつ上手になり、試合でもいいプレイができるようになると、少しずつ自信を持てるようになりました。それと同時に、学校の行事にも積極的に参加できるようになりました。そして中学3年生の頃には自分を表現したり、やってみたいと思ったことをするのが平気になりました。周りの目が気にならなくなって、逆に周りを巻き込んでいけるようになり、自分自身の大きな成長を感じました。そのおかげで、高校でもしっかりと自分の意志をもって過ごすことができました。
―教員にならなかった理由は?
教師を目指していた当時私は、すごくいい先生になりたいと思っていました。そして、自分について考える機会が増え、いい先生になるためには自分がより魅力的な人になることが必要だと思いました。
魅力的な人間がどんな人か具体的なイメージはなかったけれど、とにかく成長したいという意欲は強くて、色んなことにチャレンジしようと思いました。
そこで、小学校の指導ボランティアをしました。でも、先生方が期待していた程、輝いていないように感じました。学校という場がすごく窮屈そうで、息苦しい印象を受けました。そんな時、子どもと関わる機会が欲しくて行っていたキャンプや野外活動の現場で、子ども達や指導者の姿を見て、「いいな」と思いました。でも、それも少し時間がたつと、「楽しいだけ?」「子ども達は本当に成長しているの?」という何か物足りなさを感じた。自分が中学時代に感じた「成長」とは違う気がしていました。そんなもやもやした気持ちの時に、ある人からOBSを紹介されました。
そしてOBSのプログラムに参加し、自分自身が成長した実感を得ることができ、「これだ」と思いました。
―OBSでのプログラムで何を感じましたか?
参加した当時は教師になるため、魅力的な人になるために色んな事に手を出しすぎ
て、自分がどこに向っているのかわからなくなっていました。サッカーもやっていたけれど、いまいち情熱が足りないと感じていた頃でした。
OBSに行くと「チャレンジ」という言葉を伝えられました。初めはマウンテンバイクの活動でした。
急な坂道を登るチャレンジ。初めはすごくしんどかったけど、久しぶりに頑張っている感覚が気持ちよかっ
た。
こいでいるうちに必死になって、「まだ行ける、まだ行ける」と思い、全力で向っていました。でも、最後のゴール手前で、一瞬迷いが生じ、最後まで全力を出し切る事ができませんでした。2日目、沢の一番流れの強いところ『本流』を登る沢登りで、その日一番の大きな滝に挑んだ時、何度やっても登れない自分がいました。時間が経てばたつ程、力がなくなり、そのうち肩がつってきました。自分では「一度降りて体力を回復させてからもう一度チャレンジしたい」と思い、インストラクターにその意志を伝えましたが、インストラクターは無言でじっと自分を見ています。「これは降りられない」と覚悟を決めてもう一度滝に向った時、なぜか力があり、つかむところが見つかり登る事ができました。その時、自分の中で何かが開けた感じがしました。前の日の坂道で力を出し切れなかった自分、肩がつったくらいで降りようとした自分は、今まで「色んなことから逃げて来た自分」そのものだと思いました。やったらできるのに、やろうとしなかった、逃げてばっかりだったなと思いました。
最終日は、初めはしんどい気持ち、やめたい気持ちを振り払う事に一生懸命だったけど、それじゃいけないと思いました。もっとできる、もっとできると、自分に言い聞かせてチャレンジし続けました。終わったときにはとても納得感がありました。なんでもこういう気持ちで向いたいと思いました。
それからは葛藤している自分に気づくことができるようになりました。何かを選択する場面で、迷っている自分、逃げようとしている自分に対して、もう一人の自分が「それでいいのか?」と問いかけるようになりました。
人の成長に関わる仕事がしたい、そのためには自分がより魅力的な人にならなければいけない、そのためには逃げてはいけない、そういう思いが繋がって、とにかくこれから起こる全ての事に、より厳しい方を選ぶようになりました。そうすると、毎日がとても濃くなりました。
―JALTはどうでしたか?
自分にとっては3日間のプログラムの続きのような感じでした。沢登りの印象が強かったので、JALT中も何かあるごとに「これは自分にとって本流か」「逃げていないか」 「もっとできるんじゃないか」と考えながら日々を過ごしていました。それでもまだまだやりきれない部分もあって、課題が残りました。
―インストラクターになった動機は?
初めてプログラムに参加した時にOBSのインストラクターっていいなと思っていました。そもそも人の成長に関わる仕事がしたかったし、自分がここですごく成長できたので、さらにOBSで仕事をする中で成長したいと思っていました。
―青年海外協力隊はどんな経験でしたか?
「価値観の違う場所で・・・」という言葉に惹かれて、自分がどれだけできるのか試してみようと思いました。
でも、行ってみると本当に大変でした。自分がタンザニアに行ったのは大学で体育の授業受け持ち、指導者を育成するためでした。でも、実際に行ってみると、自分の話すら聞いてくれない上司。学生は何かくれ、お金をくれと言って授業を受ける気が全くない。体育の授業をやらせてもらえるどころではなく、最初の半年は何もできないまま時間が過ぎていきました。それでも、自分の中で「このままではいけない」と思い、なんとか働きかけていました。時間がたつにつれて、自分の事を理解してくれる人、一緒に体育を広めようと動きだしてくれる人、そして、いつもお世話をしてくれる、お母さんのような存在の女性などがいて、「この人たちの為に何かしたい」「この人たちのために体育教育の発展に努めよう」という思いを持つようになりました。その思いが自分の中ではっきりとした時から、色々な事が上手くいくようになり、最後の一年は自分も、周りの仲間も精一杯働きました。
今思い返すと、そもそも自分がタンザニアに行ったのは、「自分が成長するため」で、タンザニアで体育を広める事がその成長に繋がると、自分の事しか考えていませんでした。価値観の全く違う世界で、その違いを理解しようとせずに、自分の想いをおしつけて染めようとしていました。それじゃ、上手くいかないのは当然でした。自分のためではなく、そこにいる人たちのため、ひいてはタンザニアという国のために何かできる事をしたいと思えた時、価値観の違いや相手を受け入れられることができ、頑張る原動力になりました。
―その後OBSでインストラクターを再開したのはなぜ?
日本に帰って来て、教師になるか、OBSに戻るか、また他を探すのか考えた時に、ふとOBSの理念を思い出しました。帰って来て、やっぱりOBSのやっている事は間違っていないと思いました。若い人が『自分の人生をどう使おうか』という事を明確に生きていけたらいいなと思いました。単に「何かやりたい」とか「したい」とかではなく、この世の中で自分が果たす役割、やるべき事を明確にもって生きる事が大切だと。それはタンザニアの最後の1年、自分が「タンザニアの人たちのために体育を広める」という明確な目的ができた時、自分自身が迷わずに、ぶれずに時間を過ごすことができたから。OBSでもその事を参加者に感じてほしいと思っています。
―インストラクターとして大切にしている事は?
自分の伝えたい事と、その人の思いを受け止める事を両方大事にしています。最終的にはその人自身が、社会の中で自分のやるべき事を明確にもって、生きていけるようになってほしいと思っています。でも、その思いを一方的におしつけたり強制したりするのではなく、それぞれが感じている事や、相手のことを受け止め、しっかり向き合いたいと思っています。
―OBSの魅力は?
人を本気にさせるダイナミックな自然の力とインストラクターの熱意です。日常の中では、なあなあになってしまうことや、伝えたい事がぶれたりぼやけてしまうことがあるけれど、OBSのプログラムは、伝えたいメッセージがはっきりしていて、「伝えるんだ」というインストラクターの熱意があると思います。自然の力がそれを伝えやすくしてくれていると思います。
―今後、やりたいことは?
日本の教育をより良くしていきたいと思っています。生徒に自分の想いを伝るだけでなく、教育をする側の人にもアプローチしていきたいと考えています。




