アウトワード・バウンド・スクールのカリキュラムには、さまざまな冒険があります。それは初めて体験する人にとっては身震いするようなことかも知れません。しかし失敗したときの焦燥感も、壁を越えたときの達成感も全てはまずトライすることから始まります。ここでは、そんな冒険にチャレンジした参加者の声を掲載しました。
自分は、今までずっと『他人に深く関わりすぎない方がいい』『知らない方がいいこともある』と思って、人との関わりや、仲間の中心から一歩引いた位置に自分を置いて物事を見てきていた。また、自分から何かを言い出すことがなかなか出来ず、自分の思いを言葉にして伝えることもためらっていた。相手は自分のことをどう思っているのか、どんな評価をしているのか、というようなことばかり気にしていたからだ。
知り合いにはよく、自分の言葉は「素っ気ない」とか「無関心だ」とか言われていたし、自分の言葉にも自信はなかった。自分の素直な気持ちを伝えるのが怖かった。だけど、今回、そういうことを意識して自分の思いが相手に伝わるよう活動の中で実践していくことで、その思いが上手く伝わるようになっていけたと思う。みんなからも自分の言葉が「優しい」とか「本当に心配してくれていると思った」とかいうように言ってもらえて、涙が出るほど嬉しかったし、自分のやったことにも自信を持てるようになった。
今まで、こんなに真剣に自分の思いを人に伝えること、人の気持ちを感じることになれたことは無かったけど、ありのままの自分を伝えれば、必ずその相手と心から分かり合えると思った。
ぼくは最初、コースが終わってもとの生活に戻ったら、今までと同じように日々の生活にもの足りなさを感じたり、以前と何も変わらない学校生活になるんだろうな、と思っていました。でも、何日かたって少し変わっている自分に気付きました。今までは自分のことを話すのはあまり好きではなかったけど、今は自然に自分のことを話しています。また、将来野外活動の指導者として働きたいという気持ちが大きくなりました。
OBSに参加して新しい自分と将来の目標を見つけることができました。新しい自分を大切にしていきたいと思っています
丹沢での3日間で、人間は追い込まれると自分でも信じられないような力を発揮することを知り、自分の可能性が広がったように感じる。
日常の生活の中で苦しいことに出会い、投げ出したり逃げ出したりしたくなることがあるけど、そんな時インストラクターが沢で言った「逃げなきゃ登れる」という言葉がいつも思い出され、立ち向かう気持ちになる。苦しい状況から逃げ出してしまうことは、あの沢での自分に対する裏切りのようにも感じる。OBSでの体験は私に逃げずに生きることを教えてくれた。
あの3日間がなければ、今の自分はいない。
私は、『がんばれば何でもできる』と思ってがんばることが多く、そういった意味で常に目標を持って生活をしていた。そのため、真っすぐ過ぎて周りが見えてないこともあったという思いが確実に自分の短所としてあげることができた。悲しくもあり複雑な気持ちにもなったけど、就職活動の面接で、自分の長所・短所がきちんと言えることができたと感じる。それだけ、自分というものが客観的に見られて受け入れられるようになったと思っています。
あとは、男の人は苦手だったけれど、自分を知ることによって、関わることが苦ではなくなった。一期一会の人との関係を大切にしていこうと思っています。
もともと走ることは嫌いじゃなかったけど、15kmなんて走ったことないし、すごくドキドキした。どう走るか前の日から考えていた。走る前に15km完走を目標にした。でも、走っている時、最後まで走るために力を抜いているとか、最後に力を残しておこうとか思ってしまっていて、何度も「これじゃ駄目だ。今できることをしなくちゃ」って思い直して、がんばって走った。走るのが遅くて足が上がらなかったけど、今走るんだって気持ちを持ち続けようと思った。一人で走るのは怖くて不安だったけど、自分自身に声をかけて走ってみた。こんなの初めてだったけど、なんかウキウキした。
最後、ゴール近くで皆が待っていてくれたので、嬉しくなって不思議と力が湧いてきた。足の痛みとか疲れとかが吹っ飛んだみたいだった。人間、気持ちの持ちようで何とでもなるんだなって思った。
OBSを知ったのは今年の春頃だった。
『自己発見の旅』この言葉に引き寄せられるようにインターネットを開いてみた。そしてパンフレットを取り寄せてはみたものの、アドベンチャー的な内容に戸惑いを覚え、応募はすぐにはしなかった。一年前の秋、とても不幸なことがあり、生きる気力を無くしていた。自分なりに、『人生とは?』という難題と向かい合い、月日が過ぎていき、それから一年という節目に『もう一度自分と向き合うことが必要では?』と考え自己発見の旅(OBS)にチャレンジすることにした。
新しい出会いに期待しつつも、不安も同じくらい感じながら自己発見の旅が始まった。
体力・精神力ともに限界にきた時『自分は今まで一人でがんばってきたつもりだったけど、周りの人に守られていた。助けられていたなぁー』と感じた。
今は一人だけど、この旅が終わり、もとの生活に戻ったら、また、周りの人に守られ、助けられるのかな?どうなんだろう?と思う。一つ言えることは、今までよりいろいろな人に感謝の意を表すようになるだろう。日常生活の些細なこと、感じ方が変わるような気がする。それから、この旅を無事終了できたことが今後の人生の支えとなる。そう感じている。これからが楽しみです。
前からだけど、自分に対してすごく甘いと思った。皆ががんばっているのに、一人だけすごく浮いていた。山を登るか、とりあえずもう泊まるかという選択を迫られた時だった。自分の中での答えはすぐ泊まるに決まった。でも、グループの出した結論は、このまま登り続けるということだった。そして最後まで山を登った時、不可能が可能になったと思った。皆がいたから登りきれたのも事実。でも、自分で登ったのも事実。がんばってよかった。
もの凄くきつくて、自分の悪い所がたくさん見えたけど、結果、自分には大切なものが残ったように思える。これをきっかけに直していきたいと思います。
私は、いつも、どう考えても自分には無理だと思うことは、最初から手につけないというところがあります。その理由は、しんどい思いをして、途中で挫折をして傷つくのが怖いからです。
でも、今回のプログラムを通して思ったことは、今までは自分で可能なことを不可能にしていたんだなということです。様々なことに挑戦してこそ新たな自分に出会えるのだと気付きました。
今まで、自分の意思をちゃんと持っていないということに悩んできましたが、今回、OBSに参加して思ったことは、私にもちゃんと意思はあったけど、伝え方が下手で、自分の意志を自分の心の中に閉じ込めてしまっていたんだなということです。今回のチームでの活動(マウンテンバイク)で、しっかり『ゴールしたい』という私の意思はメンバーの皆に伝わっていたし、伝わっていたからこそ温かく支えてもらえ、全員でゴールすることができたのだと思います。
今日、マラソンをしていて、一生懸命になるのは本当に久しぶりだなって感じました。今までの自分は、いつも手を抜いているってわけじゃないけど、なにか欠けている感じで・・・。それで、今自分がやってる油絵や部活の試合でもがんばりたいと思ってるんだけど、今一つがんばりきれないのを、何か言い訳をつけて逃げていたことに気付きました。で、自分は自分にすごく甘かったんだなって思いました。
昨日、インストラクターが言ったからじゃないけど、今ならなんでもできると本当に思うし、これから生活も変えられるような気がするんで、少しがんばってみたいと思います。
初日のロッククライミングで困難な岩壁の前で立往生した時、他の参加者を待たせていると思い、焦って、目の前の岩にとっかかりを探したが見つからなかった。殆どあきらめてギブアップしようとも思ったが、あきらめるために来たのではなく、この岩を登るために来たのだと考え直した。それで頭を冷やし、もう一度周囲を確認してみると、目の前からほんの少し右に離れたところに手がかりを見つけることができた。その時、自分は焦りと集中のあまり近視眼的な見方をしていたなとつくづく思った。私は私であり、私が登るのだから私のペースで登ればよいのだ。
今、自分がゴールにいることが不思議でたまらない。
だけど、しっかりとした自信が自分の中にはある。これはやった人にしかわからないものだろう。
最後のゴール前の急坂を目の前にした時、私の中に「登ってやろうじゃないの!!」って誰にも、どんなことにも負けない気持ちが生まれていた。
20年間生きてきて、もしかしたら一番苦しい21日間だったかもしれない。けれどそれから逃げ出さないでやり遂げた私が今ここにいる。
これからだって「あーだめだ」って思うことはあると思うけど、それに対してチャレンジすることはできるから。あとは自分の力を信じればいい。
ロッククライミングもサイクリングもそうだけど、絶対私には最初はできないと思っていたことでも、やって見たら案外(キツかったけど)できて、すごくうれしかった。
元々そんな体力ないし、2日目のサイクリングは休んでしまったけど、何となく自信がつきました。
高校に入ってからずっと自分に自信がもてなくて、外見上の事ばかり気にしていたけれど、そんな事よりも自分の心が大切なんだなと何となく分かった気がします。
ここでの活動も日常生活でもそうだけど、自分ががんばらないと誰も助けてくれないということも分かりました。
悩んだって始まらない。「チャレンジをしてこそ人生なのかな」と、ちょっと思ったり・・・。
体を動かすことはあまり好きではないんだけど、たまには外の空気を吸ってみるのもいいなと思いました。
昨日は、はりきりすぎて最後はバテてしまい、すごく苦しかったけれど、しっかり完走できてよかったです。
まだ学校に行く気にはなれませんが、それでも走りつづけることによって何かが見えてくるんだなと思えるようになりました。
僕は大学時代もサッカーをやっていて、それなりに体力面には自信をもっていた。
だから、初体験のシャワークライミング(沢登り)の時も、インストラクターが先導していないケースの場合は、出来る限り先頭に立って行こうとしていた。
でも、命綱だけで沢を登る判断をしてしまった時は、周囲の事を考えず自分のことだけを考えていた。恐らく、そうだったと思う。だから、みんな成功した時は、思わず涙がこぼれた。
体力面で劣っていると考えていたスギ(女性)も登りきった。
勇気をもらった。絶対にあきらめないという気持ちが伝わってきた。
サッカー部の時は、いくら仲が良いチームメートとでも、やっぱりライバル。気持ちのどこかで相手をねたんでいたと思う。それが今回は、心から頑張れと応援することができた。
人に勇気を与えたり、もらったり、そうある事ではないはず。それがこの3日間で多くあった。皆さんに感謝しています。
自分の「進歩」についてたくさん考えた。
もともと、おれって新しいものを進んで取り入れようって方じゃなくて、今あるモノでイイやって思うタイプだったから、この21日間で得られるものを受け入れられるのかな??とか、もしかしたら、これが終わったら成長した分、また元に戻っちゃうのかな??とか考えてたんだけど、最後のマラソンのときに沸いてきた力は「新しいおれ」の力なんじゃなくて、おれの「新しい力」なんだなって思って、おれが変わっちゃうんじゃなくて、おれがおれのまま一歩前に出るんだなって考えた。
そうしたら、これからもこのコースで得た力をずっと使っていける気がしてきたし、まだまだ進歩できるんだなって思った。今、21日間やり遂げたこの力があれば何物にも負けないだろうなっていう自信を感じる。「負けない」ってスバラシイね。
北海道での10日間は、日頃の運動はおろか、車の運転ばかりでロクに歩きもしない私にとってはかなりハードなものでした。インストラクターの方をはじめ、他のメンバーにもお世話になりっぱなし、迷惑のかけっぱなしだったんです。
でも帰ってから鏡に映った自分の顔が自分でも『私ってこんな顔してたっけ?』と思う程、変わっていたのに少し驚きました。スゴクいい表情をしていました。目の開き方が全然違ってました! 家族や友人にも「どうしたの?まるで別人になっちゃって!」と会う人がビックリしています。いったい北海道で何をしてきたんだと・・・。
生まれてはじめて、今の自分が大好きになれました。
今も変わらず悩みはつきませんし、情けないところも、弱いところもたくさんありますが、全てひっくるめて、自分をいとおしいと思えるようになれました。
前からこういうことをやりたくてずっと思ってきたことが、ほんの少しだけど体験できて、すごく嬉しかったし、楽しかった。
そして、いろんなことをする中で、憧れだけの気持ちだけではわからないことがたくさんあることを実感できた。
自分のやりたいと思う目標が大きければ大きいほど、その分、苦労や努力の大切さも大きくなる。でも、それを通過した後の喜びは、本当に大きいんだと思った。
登山をしている時、大きな歩幅では疲れるから、小さな歩幅で少しずつ、少しずつ登って行った。それでも、それをずっと続けることによって、白馬岳というとても高い山に登れた。
だから、これからも大きな目標を常に持って、1歩1歩、少しずつでも進んで行けば、きっとその目標にたどり着けると思った。
もっと、もっとたくさんの、こういうことに興味のない人とかも、OBSに参加できれば、世の中変わるなと思った。
人生って本当に常にチャレンジしていくことが大切だなぁと思った。できないと思ってても、やってみなければわからない。それは、今回OBSに参加して強く思った。私は、結構、失敗をおそれてなかなか自分自身で行動しようとする力があまりなかった。でも失敗ばかり恐れていては何も見つけられないし、何も始まらない。失敗したらしたでまたチャレンジもできるし、その失敗からだっていろんな事が見えてくると思う。自分自身をじっくり見つめることって日常生活の中では、本当に難しいと思う。でも、ここで得たもの、それは一緒に行動した仲間、OBSのスタッフ、大きな自然、自分自身は、私にとってとても大きなものであり、大切にしていきたいと思う。
セルフディスカバリー6日間で始まり、指導実習で終わった63日間。長いようであり、短いようでもあった2ヶ月間でした。セルフ6では、自分の力を発見することができ、ハードスキルセクションでは冒険の楽しさ、奥深さ、指導の難しさを学び、ソフトスキルではプログラム作りに頭が痛い思いをした63日間でもありました。今、自分はどこにいるか考えた。指導実習で走った『大平峠』に例えると、頂上は見えるんだけど海は見えない。頂上に着いていたとしても、海を行く術はまだわからない。というのが実感です。
JALT後の自分・・・。本当の冒険はこれから始まるのだと思う。
自然の中で自分の好きなことを、最高の仲間とインストラクターと共に、JALT63日間夢中にやれたことがうれしくてたまらない。生きていることを実感した2ヶ月間でした。
野外教育の多くが、自然を用いて行うゆえに、目的や方法、手段を曖昧にしがちであると時々感じることがあります。しかし、これでは自然を有効に活用していない気がします。野外での教育の有効性を最大限に活かす為にも、想いを形にする作業は大切にしなければいけない。本質を捉えること。これを気にしたいと思っています。
今、目の前で生じていることの本質。人の心の動きであり、この状況が何を発生させているのかの現実を見抜く目。また、活動、キャンプが提供しうる本質は何なのか?素材を見抜くスキルにも繋がると思います。動機づけ、ファシリテート、場の終わり方、話し方、運営etc・・・。どれも必要不可欠ではありますが、その前に本質を見極める事が重要であると思います。それと、伝えたい想いも。
10日間ありがとうございました。何か大きなものを掴んだ気がします。
JALTは一日一日が学びでした。何をやるにも環境が変わっただけで新鮮さを感じ、僕の人生の中で大きな財産になったと思います。
指導者とはどうあるべきなのか、答えは人によっていろいろあるけれど僕なりに言えば「自分らしく、参加者に正面から向き合う」、そして「広い視野を持っていることが大切」であるのではないかと思います。
「これから僕はこの世界で生きていこう」と、JALTを修了してその気持ちはさらに強まりました。どうやっていくかは自分次第ですが、多くの現場で経験をいっぱい積んで、まだ自分では見えていない、様々な事を知りたいと思っています。
人を教えるということに全く経験も知識もなく、最初は不安だった。このコースで学んだのは、人に何か伝えたい、感じて欲しいと思ったら、言葉だけではだめだということだ。「本当にそうだ」と感じてもらうには、身をもって体験してもらわないと、その人のものにならないのではないかと思った。「教育の現場はライブ」だというインストラクターの言葉があったけれど、実習では本当にそう思った。ナマの反応に対してどう持って行くか…。その場、その場の判断がとても難しく、そしてやりがいを感じた。教える側が、目の前の状況に対して、逃げず、全力でぶつかっていくことの大切さを感じた。
ここへ来たときは、今後のことも何も見えなかった。真っ暗なトンネルを手探りで進むような気持ちだった。60日間、雪にまみれてモガキ通したけれど、いろんな体験を通して、自分自身も、将来のことも、何かつかめた気がします。
JALTに参加して一番得たことといえば、ソフトスキルと指導実習を通して自分が何を目指すのか、何がしたいのかということが改めて認識でき、今までぼやっとしか見えていなかったことが明確になったということだと思う。自然の力を借りて、人としてのあり方や生き方を学びたい、伝えたいということだ。自分のコンセプトやねらいをより明確にし、常にそこに立ち返りながら客観的に物事を見ることの重要性を学ばせてもらった。
個人的には、ハードスキルとしてのスペシャリストを目指したい部分も多いが、反面、指導者としてこの分野で極めていくために広く見識を深めていく必要も多々あると思っている。75日間で得たスキルを更にグレードアップし、自信を持って活動するにはどうすればよいのかを、今後じっくりと考えていかなければならないと実感している。
冒険教育という言葉をほとんど知らないまま参加した冬と夏のJALT。ボクにとっては、ゼロからのスタートでした。
自分がここで一番強く感じたのは、人に何かを学んでもらうためには、学ばせる側に、強い信念と大きな力が必要だということです。自分にも学んでほしいという意志と力はあるつもりですが、明確な信念や大きな力にはまだなっていないと思います。
これからは、ここで学んだことを基に、実際に仕事として経験を積みながら成長し、強い意志と信念を持って自分の目標に近づいていきたいと思います。
私達JALT4期生は3人でした。それにより、プログラムはすべて多くの実技をしながら受けることができました。振り返れば人が少ないことに淋しさも感じましたが、その分内容の濃い60日間だったと思います。
私は京都教育大学の野外教育研究会に属し、主に子供や大学生のキャンプ活動をしていました。メンバーはそれぞれが野外教育に対して高い意識を持っており、私もそれに魅かれていました。そして卒業後もこの道を進もうとJALTへの参加を決意したのです。私の場合、運良くJALTで学んだことはすぐに生かされました。JALTを終えた夏はキャンプの連続で、さっそく実践だったからです。キャンパーの前で説明するときの話し方はソフトスキルで何回も練習したことだったし、子供キャンプにおける沢登りのプログラムではビレイ(安全確保)の技術が役に立ちました。
私がOBSで大切にされていると強く感じたことは、自分の考えをしっかり持ち、言葉で表現することでさらに明確にしていくことです。核心部分をウヤムヤにしていると、やっているうちに目標を見失ってしまう。次の瞬間にはどんな状態になるのか予測のつきにくい人間や自然を相手にしている限り、自分というのは道標なのかと思います。OBSのスタッフが、時には厳しく、時に暖かく参加者に接するのは、スタッフとしての方向をはっきりさせているからでしょう。
これからはプロとしての自覚を持って、野外活動に取り組んでいきたいと思います。少しでも多くの人に野外の体験を通じて何かを感じてもらいたいという想いです。
僕がJALTに参加しようと思ったきっかけは、その前に参加したセルフディスカバリーコースでOBSの活動に興味を持ったからでした。それまでの学校教育とは全く違った手法に興味をもち、どうせならもっと深く知ってみようと思い参加したのです。
JALTでの60日間は、毎日が初めての体験の連続。体力、精神力ともほぼ限界に近い状態の日々が続きました。その中で一番印象に残っているのは、やはり最後に予定された指導実習です。自分達がインストラクターとなり、コースの作成、下見、計画すべてを実行します。毎日遅くまでグループ内でディスカッションをし、本番を迎えるのですが、皆の意見を一つにまとめるのが大変で、頭の痛くなる思いをしました。しかし、ようやく迎えた本番も自然のいたずらか大雨の為中止。朝早く食堂に集まりボーゼンとした皆の顔を今でもはっきりと覚えています。JALT後、そのシーズンはアシスタントとしてOBSのコースに参加したため、指導実習はいきなり現場で体験することになりましたが、想像以上にしんどいというのが実感です。
JALTで得たものは、様々な体験、それも普通ではできないそれら一つ一つが自分の財産となっているのではないかと思います。
中学校で理科を教えながら組織キャンプを担当しております。私の学校では、瀬戸内海に周囲3kmほどの無人島を持っていて、そこで2つのキャンプを行っています。1つは希望者だけでの2?3週間の実験キャンプで、そこで取り入れて実施可能なプログラムを、もう1つの2年生全員のキャンプに導入するようにしています。
従来から独自のプログラムを種々展開していたのですが、特にJALT以降、そのバリエーションをさらに豊かにすることができました。ただ、専門的なプログラムを取り入れようとするほど、教師や大学生リーダーのトレーニングにかかる苦労が多くなり、今のところ安全面でどうしても無理が生じる部分には、外部の専門講師を頼むなどして対応しております。しかし、ロッククライミングやアブセーリングなどのプログラム面(ハード面)はもちろん、生徒たちへの気の配り方などのソフト面でも、JALTを通じて学んだことは山ほどあり、キャンプだけでなく、日常の学校生活にも大いに役に立っています。ただ、教師というのは、ソフト・ハードによらず、実践していく人間性が常に問われている職業なので、その意味では、私の気がついていない私自身の変化が一番の収穫なのかも知れません。
JALT直後は、ソフト面も含め学んだことをすべて技術としてのみとらえ、とにかく導入することに躍起になっていたのですが、最近はそんな自分自身のことについて考えられるようにもなりました。
JALTを振り返ってみて、まず思い浮かんだのは、コース中の活動や一緒に参加した仲間のことよりも、自分がJALTに参加を決意した時のことでした。当時、僕はOBSのスタッフを目指し、スタッフトレーニングに参加するため、またそれに必要な装備を買うために、スポーツクラブとピザ屋、引っ越し屋でかけ持ちのアルバイトをしていました。そのころの僕には、JALTの存在は遠く、他人事のように思っていたのです。
そんな僕がJALTに参加することを決めたのは93年の1月末、冬のスタッフトレーニングの最終日のことでした。「おまえ、JALTどうするんだ?」「僕はいいです。このまま通いながらやっていきます」「スタッフになりたいんだろ。なんで一番なりやすい道を選ばないんだよ」確かこんな会話がスタッフとあったような気がします。そしてその言葉で自分の心の中に火がつきました。「やってやるよ」そう思ったのです。
東京へ帰ると参加費の50万円(93年は50日間のプログラム)を貯めるため4つ目のバイトとしてパン工場でケース洗いを始めました。家を出る前に弁当を作り、移動は全て自転車、意地でもお金を使わない生活に変えたのです。その甲斐あってコース開始の1週間前、どうにか50万をそろえることができました。その2つ折にできない札束を振込機に入れる瞬間、思わず手が止まってしまったのを覚えています。
そうしてJALTに参加してから3年、何回かの分岐点でずっとOBSを選び続け、僕はあの冬以来5度目の冬を大網で迎えています。